棺の中の楽園 [日記、あるいは日々の考え事]


−日記・過去ログ−

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2003/5/31 (土)
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 あかん。
 何か気の利いたことを書こうとか思ってると何も書けなくなってしまう。
 よって近況のみ。

 最近大往生をやっていても楽しさよりもストレスを感じることの方が多くなってしまったので気分転換にルパン122へ遠征してブラックレーベルを遊ぶ。確かに白版に比べると格段にヌルイのだが、それでも2-5辺りまで行くとどうしても際どい避けが増えるので結局死にまくり、結果的には余計にストレスを溜め込んだだけだった。あまりにダメダメなので黒1周モードで緋蜂と戯れてみる。緋蜂に残機を6機持っていって残0ボム2クリア。ダメな日はどうあってもダメなようで。

 帰宅後、だらだらとデゼニランド[HUDSON]をプレイ。
 攻略チャートを見ながらクリアしたが正直詰まらなかった。当時のAVGはやはりストーリーを読むことよりも単語探しにこそ醍醐味があったのだ。当時のAVGが今よりもゲーム的であったなどと私は言うつもりはない。ただ、画面をじっくり観察しテキストを読み、主人公が置かれている状況を把握し、そこからその場面で成すべき行動を推理して、更に要求される単語を探し当てる、という困難な課題を解いていかなくては先に進めなかった当時のAVGでは、新しい画面を見ることそれ自体がひとつの快感になっていたという面は確実にあった。当時のAVGにおいては画面が切り替わるというのは、遂にその場面での正しい行動と適切な単語を選ぶことができたということであるのだが、それはつまり自分の言動に世界が応えてくれたということを意味する。今のAVGには失われてしまった――今のノベルゲームでは解答を見ながら進めていっても読む愉しみは損なわれない――が、こういう種類の快感というものも、昔はあったのである。なれば、昔のAVGを解答を見ながら進めるなど、STGを無敵で進めるのと同じくらい虚しいことであるのも当然だったのだ。

 夕食時。昼間スーパーで買ってきたお肉をレンジで温めたのだが、加熱しすぎてしまったらしくパックが熱すぎて思わず手を離してしまって絨毯の上に肉を全部ぶちまけてしまう。今思えば、さっさと片づけて処分して別のおかずを冷蔵庫から取り出して食べれば良さそうなものなのだが、その時はなんか妙に苛ついて、片づけた後即座に着替えてスーパーに行ってもう一度同じものを買ってきた。はっきり言って自分のせい以外の何物でもないのだが、なんというか、その時は、夕食の時間が台無しにされたような気がしてそれが許せなかった。なので、恰も何事もなかったかのように本来あるべきだった夕食の姿を再現しなくては気が済まなかった。まあそういう精神状態だったのです。

 夕食後、歌月十夜を再開。
 攻略チャートを見ながら未読部分を消化。
 夢十夜の最後の一個、「ななこちゃんSOS !」を確認。シリアス方面ではこの話が一番好きかも。乾君の昔話は心に染みる。切ないとかそういうのとはちょっと違う。祖母を通して死の凶暴な顎を眼前に見せつけられるくだりの、迫力の凄まじいこと。死というものをいたずらに美化しないことによって生まれてくる真実味、というものがあると思う。

 夜9時すぎからゲーセンへ。
 大往生(白)を2プレイ。両方とも2-5道中で終了。ただそれだけ。スコアは両プレイとも7億を超えてたので内容は悪くない。


2003/5/29 (木)
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 シスプリスレから飛んで THE GIVING TREE.

 大人向けの、ちょっと切ない絵本。

 無償の愛などというものの存在を私は信じない。それはあまりに非現実的すぎる。しかしそう思うことと、フィクションの中の無償の愛を称揚することとは矛盾しない。例えば十二人の可愛らしい妹たちに無条件に愛されるような世界というものを夢見たっていいじゃないか。どこにも存在しなくとも、そういう世界に思いを馳せることで、我々は束の間の休息を手に入れることができるのだ。純粋なものなどこの世には存在しない。しかし純粋なものを心の片隅ででも信じていられなかったらこの世界は生きるにはあまりに辛すぎる。


 「お願い神様」入手、おめでとうございます。

 あれは間違いなく四葉本の最高傑作で、私などいまだに思い出すだけで体が震えます。あの昔語りから告白に至るくだりは、もうほとんど「四葉の歌声が聞こえてくる」と言いたい気がします。技術的には、あれはリピュア9話Bでの春歌と兄の対面の場面を漫画のメソッドで表現したものだとも言えるでしょう。春歌と兄の対面の場面では、あの「春の歓び」の前奏の三拍子のリズムからして、既に単なる演出音楽(BGM)であることを超えて、ようやく兄に会えて心を躍らさずにいられない春歌という少女の直接的な表現になっていた訳ですが、それと同じことが「お願い神様」の四葉の語りの場面でも起こっているように感じられます。あのくだりは漫画であるにも関わらず非常に音楽的なのですね。1ページ目で、語りの主体として描かれる四葉の全身は同時に歌い手としての四葉の表現でもあり、四葉とおばあチャマの会話は心地よい拍子を刻みながら緩やかに流れていく。そうして読み手は、そのリズムの向こうに、目には見えない四葉の歌声を聴くのです。

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 それはそれとしてLOVELESSですが、私は相変わらず秋葉原に行く度に古本屋を回ってますが、もうさすがに未読本は全然出てこないですね。なんとか18冊までは集まったけどそろそろ打ち止めっぽい。そのうち秋葉原以外のショップも探索しようとは思ってますがいつになるやら。あと何冊ぐらい発行されているのか全然分からないのがアレですが、手元にある分では、花穂、鞠絵、春歌のシリアス系が一冊もなくて、LOVELESS風に料理された彼女たちのお話はどんな風になるんだろうとかすごく気になってたり。


2003/5/28 (水)
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 白緋蜂を倒すと筐体から囚われのお姫様(注:なこるる)が飛び出してくる…………なんてことになるんだったらサイトの更新なんぞ一切やめて大往生に専念するんだけどなあ。
 (現実逃避中)

 ***

 ナオミお姉さま→お兄ちゃん、ミドリ→咲耶、リエ→可憐、に置き換えるとかなり甘美であるということに最近気づきました。
 題して『エスカレーション〜お兄ちゃん大好き〜』。

 ちなみに第三作では可憐が花穂に禁断の遊びを教え込み、それがお兄ちゃんにバレて、「可憐…最近キミ、花穂に自分のことをお姉さまって呼ばせているそうだね?」と問われてええと荒縄と踏み台はどこだったかな。しのぶさんはあのシリーズではアリサたんが一番好きです(まだ言うか)。

 つうか私見ではエロアニメというジャンルは黎明期に発売された某シリーズ25作品において既に最高の完成を果たしてしまっておりカチャターン


2003/5/27 (火)
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 ぐるぐるしていたら、きれいなおはなしを見つけたので紹介しておきたい。

 四葉が好きで童話が好きな人はぜひ読んでみてください。
 お話の綺麗さもさることながら、個人的には、こんな風にして関係を構築することもできるのだな、という方面でも非常に興味を引かれます。あ、関係とは作者と四葉の、ということね。


 睡眠不足で食欲がヤバイことになってるので今日は早めに寝ようと思う。
 まだ寝るのはもったいないと感じる時間だけど、健全な明日を得るためにはそれがおそらくベスト。睡眠不足はなによりも健全な思考の敵だ。

 (追記)
 今更ながらだが、とらいあんぐるハート・サウンドステージVAを観た。
 なんというか、微妙。
 このオープニング&エンディングの絵コンテを切った人はとらハ3のことをすごく良く知っているに違いないと思う。作り手のとらハ3への愛がひしひしと伝わってくるような出来だ、と言っても良いと思う。しかし残念ながらセンスと技術が足りていない。表現したいという熱意に満ち溢れてはいるが、それをアニメーションとして説得力を持つまでに表現できるだけのセンスと技術が足らない。まさかプロの仕事に対してこれほど歯痒い思いをすることがあるとは思わなかった。このオープニング&エンディングはそれなりによく出来ている。少なくとも観ながら“思い出し泣き”できる程度には。しかしその説得力は作り手の愛のゆえであって技術のゆえではない。

 私はアニメのことはよく分からないが、ただ、萌えメディアとして見られがちなシスプリが、宮崎渚監督を筆頭とするリピュアBパートスタッフの卓越したセンスと技術によって誰も想像し得なかったような美しい世界として再創造された先例を知っている。シスプリはそのトンデモ設定ゆえに、作り手ですら、それを完全に真面目に受け取り表現する勇気は持たなかったのではないかと邪推したくなる時が、私はある。例えばオリジナルアニメに外部の視点を幾つも持ち込んだことはそのひとつの例だと言えるだろう。天広/公野コンビによって生み出された何種類かの原作本を除けば、リピュアBパート出現以前には、シスプリを完全にシリアスなものとして真面目に取り扱おうと考えた人はなかったのだ。どうも話が脱線しているようだ。リピュアBスタッフがシスプリを愛していたのかどうか私は知らない。しかしいずれにしても、Bパートの春歌の回や四葉の回などは、キャラクターの把握に努めて自分なりに消化しそれを表現できるだけのセンスと技術を持ったスタッフがいたからこそ、あれだけの美しい映像作品になったのである。今までに生み出されたアニメ作品の数は膨大な数に上るだろうが、私に知識の範囲で言っても、思い入れと技術とがバランス良く調和しているような例は決して多くはない。(そしてバランスの取れた数少ない作品がいわゆる名作として語り継がれる訳だ)。

 先のとらハ映像を観ていると、もったいないとでも言いたいような気分になる。もしあれを作ったスタッフが、その愛情に釣り合うだけの表現センスと技術を持っていたら、あのプロモーション映像はどんなにか素晴らしいものになったろう。


2003/5/26 (月)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#26


 唐突だが私は「触手萌え」というものが理解できない。これは別に否定的な意味ではなくて、単純に、良さが分からないという程度の意味だ。ちょっと前までは分かっているつもりだった。つまり、普通のえっちの場面で対象を攻める場合において複数箇所を同時攻略することは人体の構造上不可能(※)なので、それに対するひとつの空想上の解答として触手というものがある、のだと私なりに想像して辛うじて納得していたのだが、しかしこれでは触手画像で非常にしばしば触手がグロテスクに描かれていることが説明できない。唇もうなじも太腿もあっちもそっちもこっちも同時に愛撫してえという欲望の具現化として触手が存在するのであれば分かりやすい。しかしそれなら別に触手がグロテスクである必要はないはずだ。にも関わらず現状で触手がグロテスクに描かれているのだとすれば、その他にもきっと何か理由があるはずなのだ。

  (※)我ながらあんまりな内容なのでわざとこんな風な書き方をしてます。察してください。

 以前、上記のような理由で「触手が欲しいなー」と友人に漏らしたら、「テメエはイイかもしれないけど相手が嫌がるだろう、つかそんなものをみせられたら普通の人は怯えまくるぞ」と返された。ごもっとも。

 ………今思いついたのだけど、触手シチュ萌えというのは怯える女の子萌えと近親関係にあるんでしょうかね。


 昨日買った同人誌のモモの台詞、「 No problem ! 」が頭にこびり付いて離れない。なんか心が躍るというか、モモに激萌えだった当時のドキドキ感が蘇るというか。確か旧モモ全53話中でモモがノープロブレムと言ったことはなかったと思うのだけど、それにも関わらずあの場面(どの場面かは読んだ人のみ知る)でこの台詞を言われると小山茉美ボイスが脳内で自動再生されてしまう。

 驚くべきはこの場面でモモに「 No problem ! 」と言わせるあずまゆき氏のセンスだろう。一連の咲耶シリーズといい今回のモモといい、この方の、キャラクターを把握し自分のものとして表現する能力は凄いとしかいいようがない。

 ***

 そういえば、web日記等で同人誌及び同人ソフトの感想やレビューを書く人がほとんどいないのはどうしてなんだろう? もちろん月姫のような超メジャータイトルは例外として。素人の描くアニパロ/ゲーパロ漫画の中にも、優れたキャラ解釈、優れた台詞回し、優れた人物描写(絵として)をしているものはいくらでもあるし、そういうのに出会うと私は嬉しくなってしまって、どうしてもこうして日記に書きたくなってしまうのだけど。


2003/5/25 (日)
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 早瀬ちんが就職活動で上京するというので秋葉原へ。

 とりあえず私の方は自分の用事を先に済ませておくために早めに目的地へ。午前10時ちょい前に到着。同人誌を物色したり大往生の練習をしたり。午後1時前、早瀬さんが秋葉原へ到着。(心の中で)一年振りの再開を祝しつつ、まずは Mai:lish で昼食。その後ゲーセンで大往生を一回ずつ。早瀬さんにプレイをお見せしたいがあまり時間がないということがあったので、私はブラックレーベル1周モードをプレイ。緋蜂発狂で終わってしまったが接待プレイ(別に変な意味ではなく)としては悪くないかなーと。まあ決めるのは私ではないけど。今上京時は早瀬さんは兄上様(実兄)のお家に泊まるのだそうで、兄上様との待ち合わせ時間が夕方ということもあり、あまりのんびり過ごすという訳にもいかなくて、それが残念といえば残念だけど、まあこればっかりは仕方がない。名古屋在住の早瀬さんと直でお話できる機会自体滅多に得られないのだから、贅沢を言ったらバチが当たるというもの。ゲーセンを離れてとらのあな壱号店へ。同人誌を物色。それからまだ少し時間の余裕があったのでついでだからということでひよこ家にも足を伸ばしてみたり。ただ残念ながらこちらは準備中だった。間が悪いとしか言いようがない。午後4時。お別れの時間なのだけど、話を聞いてみると兄上様宅は私の帰り道(厳密に言うとややずれるが)の途上のようなので、お話できる時間を引き延ばすべく待ち合わせ場所まで車で送っていくことを提案してみる。了承された――遠慮されないというのは嬉しいものだ――ので早瀬さんを助手席に乗せて秋葉原を離れる。地図を見ながら目的地である埼玉の某駅へ。思っていたよりも時間が掛かったがそれでも予定より10分程度の遅れでなんとか到着。おつかれさまでしたーと挨拶しつつぷちオフは無事に終わり。私は話題が乏しい奴で結果的に早瀬さんにばかり喋らせていたような気がしますが、ともあれ楽しかったです。改めて、おつかれさまでした&ありがとうございました。

 今回の収穫そのいち。
 ――名古屋の某メイド喫茶では、客の入店時に「お帰りなさいませご主人様」と、退店時には「行ってらっしゃいませご主人様」とメイドさんが挨拶してくれるらしい。実に分かっていらっしゃる。その話を聞いた時はちょっと感動しました。名古屋にはいつか必ず行くと改めて決意。

 収穫そのに。
 ――なこるる。セガのUFOキャッチャーに入っていたのを見つけて試しにダメ元でやってみたら1発で取れた。アームが片側だけでも穴に引っ掛かれば取れる程度に調整されているようで、かなり良心的。

 収穫そのさん。
 ――秋桜の空に ドラマCD 3巻 〜新緑の若菜〜
 帰りの車の中で聴いて、ギャグパートで笑い転げて涙が出てシリアスパートでもボロボロと泣く。1巻は原作を単になぞっているだけというか、要するに無難にまとまっていて面白みに欠けるところがあったのだったが、こちらは大筋で原作に忠実でありながらもドラマCDの語法に沿ってまったく新しい物語として再構築されているという印象。若菜シナリオはこんなに美しかったのかと本気で驚かされた。目から鱗が落ちたと言っても言い過ぎではないと思う。それほどにこの3巻はよくできている。このシナリオにおいて、劇中劇の人魚姫がいかに大きな役割を果たしているかを私は今まで見落としていた。例えば、(以下ネタバレにつき隠蔽)手術したら歩けなくなってしまうかもと漏らすカナ坊に対して「おまえは人魚なんだから歩けなくて自然なんだ」と靖臣が応える(ここまで)くだりはその最も美しい例である。

 例えば1巻と3巻の違いについて別の言い方をしてみるとすれば、1巻は既に知っている話を朗読されているだけという感じ。それに対してこの3巻では、カナ坊と靖臣をめぐる一連の物語が、今初めて目の前で起こっているかのように展開される。私はもちろん両シナリオともゲーム版でプレイして既に粗筋を知っている。それにも関わらず、ここで展開される物語には少しの手垢も付いていない。このCDから聞こえてくるのはお話でもなければ声優の演技でもない。このCDから聞こえてくるのは登場人物たちの肉声であり、更に言えば生の息吹とでもいうべき瑞々しい何かだ。秋桜の空に、をプレイした人は必ず聴くべき一枚。“魔法の笛と銀のすず”のしのぶはこれを強力に推します。

 収穫そのよん。
 ――同人誌色々。今回の当たりは、桃色日記[いもむや本舗/旧モモ/18禁]、幻妖[共月亭/ネタ元不明/18禁]、Dear...[猫屋敷ねこ丸/乃絵美/18禁]の三冊。いもむや本舗のやつはプレミア価格だったのだが、あずまゆき氏の書く旧モモ18禁と来れば買わない訳にはいかず。むやみに高い同人誌を買うと微妙に敗北感を感じる(精神疾患の一種)のだがまあ気にしない方向で。

 収穫そのご。
 ――幸村小枝〜うたがきこえる〜。おなじみ、ファニーピンクレーベルシリーズの5作目。今回は都築氏の脚本ではないようだが…。



 …疲れました。
 秋桜の空にアンソロジーを読みながら寝ます。


2003/5/24 (土)
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 ・某大型電気店で、リピュアキャラクターズDVDを予約、ただそんだけ。
 ・大往生(白)。5回プレイ(2-5、2-5、2-3、2-5、2-1)。ただそんだけ。
 ・床屋に行ったり、会社で使うIDカードに貼る写真が必要なので証明写真を撮ったり、仕事用の靴を新調したり、ただそんだけ。

 ***

 個人的な大往生ジンクス。

 1)1-5開幕で5ハイパーを発動すると死ぬかコンボが切れる。
 2)2-2開幕でザコヘリに弾を撃たれると道中で死ぬかコンボが切れる。

 ***

 なんか低調。

 栄養失調かもしれない。
 シスプリ分が足りねえ………。


2003/5/23 (金)
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 某なりきり問題について何か書こうと思っていたのだが、私が思っていたことは既に書かれていたのでリンクを貼りつつ簡単に。

 なりきり職人さんは素の自分を出しちゃだめだ、と私は思うのですよ。
 キャラを演じている以上、なりきり職人さんはエンターティナーなのであって、だから演じるキャラクターには徹してくれないと。可憐であれ咲耶であれ誰であれ、実際にそのキャラを演じているのはいい年した男性であるのかもしれない。けれど、なりきりスレッドっていうのは言ってみればそういう前提を承知して受け容れた上で双方がそれぞれの役割(シスプリなら、兄と妹)を演じるゲームなんだから、そのゲームの根底を覆すような言動はしちゃいけないでしょう。

 例えばの話、一週間限定で特定キャラのなりきりをやるんだったら、たぶん誰でもできると思う。しかし人間には誰でも生活の波というものがあって、長い期間なりきりをやっていく中では、時には演じるのがキツイような精神状態というのも当然あるワケで。なりきりの難しさには、独自のキャラを立てられるかどうかという問題の他に、ある程度の期間続けられるか、という問題もあると思う。誰しもが少なからず抱えている日常の様々な憂慮を持ち込まずに、あくまでもキャラを演じ続けられるかどうか。それからもちろん、2ちゃんねるという場なのだから、荒らしや煽りのような投稿が入ってくるのはどうしても避けられない(それを肯定するつもりは毛頭ないが)し、そういうのへの耐性、あるいは荒らし煽りを上手くかわすスキルというものも必要だろう。おそらく、なりきりの難しさというのは本当はその点にこそあるのであって、私はまさにそれゆえになりきり職人さんに敬意を払うのだ。


 大往生(白)。

 2回やって2回とも2-5エンド(1回目はジェット蜂まで)。
 なんか2-5の旧4ボスのバラマキが全然避けられない。ここのところ5割ぐらい死んでるような。


 セールスの相手をしていたらカップ麺が伸びてしまった。がっでむ。

 セールスの最初の難関はおそらく訪問先のドアを開けてもらうことなのだろうけど、いわゆる「嘘ではないが、断片的な情報」を提示してくるのは良心の問題としてどうなんだろうと思わなくもない。つまり例えば、「夜分遅くすみません、水道水の検査で各家庭を回らせてもらっている△△と申します」とか言ってきて、ドアを開けてみたらミネラルウォーター製造器?の訪問販売だったとか。実演として実際に生水と濾過した水の飲み比べというのをやってみた(やらされたというか)のだが、味音痴な私に水の微妙な味の差などわかるはずもなく。結局その旨を述べてお帰り頂いたワケですが。あっさり引き下がったのは好印象だけど、それすらも戦略の内なのではないかと勘ぐってしまうのは私だけではあるまい。

 私は基本的に生水は一切飲まない人で(飲む、以外の時は普通に水道水を使うけど)、すべて市販のミネラルウォーターで賄っているのだけど、これはもう何年もの習慣で身に付いてしまって生理的に水道水が嫌になってしまったというだけのことで、水道水をミネラルウォーターだと偽って飲まされてもたぶん気づかないと思う。

 ただ、ミネラルウォーターと言っても種類は色々あるもので、過去に一度だけ、この水の美味さは別格だ!と思ったことはあります。今はどこのスーパーでも見ないのだけど、それは四万十川の水。本当に言葉通り、まろやかな、口当たりの柔らかい水、というものがこの世にはあるのです。この水を初めて飲んだ時は本当に驚いたものでした。


2003/5/22 (木)
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 会社から帰ってぼけーっとしつつあれやらなきゃこれやらなきゃと考えてでも疲れて体が動かず気がつけば寝る時間。
 あほか俺は。

 会社から帰って寝るだけというのはあまりに勿体ないという気持ちがあってどうしても無理して起きていようとしてしまうのだけど、時にはすっぱり寝て明日に繋ぐのが、本当は賢い選択というものなのかもしれない。

 蜂スレに投稿されていた「レイニャンでショットオンリープレイ」という無謀な遊びを試してみる。
 ボス戦がキツイのは容易に想像がつくのだが、それ以外だと、4面1upを取るのが著しく困難。5面道中は旧4ボスと旧5ボスが破壊不能、後半はボム2〜3発使えばなんとか行けそう。1周クリアはまあ不可能ではないと思う(実際クリアした人はいるようだし)けど、やり込んでまで達成したいとは思えない。

 ***

 エレメントドールの名称の由来は当然激しく既出であるワケですが。

 ショット強化機体は実は初心者向けではないのかもしれないと最近は思い始めていたりします。ボムが多いとはいえ連打するワケにはいかないのですし、レーザーの威力が弱くまた弾避けのためにショットに戻さなけれならない場面が多々あって、敵の破壊が遅れればそれだけ弾避けを多くしなければならずその分危険も増すワケで。それならいっそエキスパート強化を選択して敵を大火力で早めに破壊していった方が結果的には余計な弾避けをしなくて済む分、楽なのではないかと。

 ちなみにショーティアを使ったとしたら1-2中ボスは私でもおそらく1割は死にます。2ボスはたぶん2割死にます。ていうかこのゲームの2ボスははっきり言って強すぎるので、ボム全弾使っても生き残れれば勝ちと思った方が良いと思います。ハイパーは1個辺り攻撃力50%増しなので、ボスに3ハイパー持ち越せるなら、発動してしまえば2.5倍の攻撃力が得られるので――弾速も上がりますが――結果的には楽かもしれません。


2003/5/21 (水)
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 大往生(白)。

 3回プレイ。2-4、2-5、2-5...ただそれだけ。
 アホみたいな死に方が多すぎる。2周目は少なくとも4面レール砲台までは死ぬ要素はないはずなのだが、ほんのちょっとレーザー撃ち込みタイミングが早いとか移動タイミングが遅いとかで簡単にパターンが狂ってしまう。人間が操作する以上、毎回完全に同じ動きをすることはできない。プレイ毎の動きの振れ(誤差)を吸収できていないのであれば、結局それはまだパターンと呼ぶには甘いのだ。


 浅間神社って富士山の近辺なんでしたっけ。

 富士山自体は車で日帰りというのをやったことある(しかも自宅〜八王子まで一般道で)のでそう考えれば確かに無茶苦茶遠いというワケではないのかも。
 ただうちからだと東名に乗るまでに2時間半ぐらい掛かるんだよなあ。

 ところで下の名前を呼ぶドキドキ感、幸せ感と言えばやはりとらハ(初代)がトドメだと思います。


2003/5/20 (火)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#20


 相変わらず鬱なのであるがそれはそれとしてベビードール亞里亞(はるかぜせつな氏の同人誌に掲載)に萌え転げてみたり大往生2-4レール砲地帯のパターンを研究してみたり先日図書館で借りてきたリルケ書簡集を読んでみたり。2-4レールは大まかな方針は固まってきて以前よりは突破率は上がってきてはいるものの、些細なタイミングのズレで簡単に失敗するのでまだまだ詰めていく必要がある。ちょっと思い立って検索してみたらサザンクロスの攻略を見つけた。歌月十夜は後回しにしてまずはこっちをやろうかと思う。Merry Very X'mas を音声だけで聴くと誰が誰やら分からない。白雪花穂雛子鈴凛衛辺りはなんとか分かるが他はもうお手上げ。アニメの中なんだからちゃんとキャラの声で歌ってくれと思うのは過剰な要求なんだろうか。嗚呼、12人の妹のひとりになって「その奇跡は永久に」を歌いたい。私は最近は1兄1妹主義に傾きつつあるのだけど、それとは少し別の問題として、お兄ちゃんが大好きという気持ちを共有する仲間と一緒にすごす日常、というものにはすごく憧れる。作品としてのクオリティーを問題にするなら、リピュアキャラクターズの四葉(8話)、春歌(9話)、オリジナルアニメ第20話、の三つをシリーズの最高の成果として挙げるだろう――G'sマガジンのトンデモ読者企画から始まったシスプリは、ファンの支持を得て様々な展開をし、遂にはキャラクターズ8話/9話という大輪の花を咲かせた、ぐらいは言っても決して言い過ぎではないと私は本気で信じる――けど、それとは別にして、私個人にとって最も心地よい空間はやはりポケットストーリーズ1〜4巻の中にあるような気がしている。兄に自分を投影して懐かれる快感を楽しむのも悪くないが、妹側に感情移入して兄に心をときめかす方が私にはしっくり来るのだ。それならキャラコレでも構わないではないかと言われればそうなのだが、ポケットストーリーズには想いを共有する仲間がいる。ポケットストーリーズの世界が私にとって狂おしいほど眩しいのは、彼女たちが、お兄ちゃん大好き、というひとつの想いを共有する姉妹であるからに他ならない。お兄ちゃん大好き、という想いこそが彼女たちの強い絆を作っているのだと言っても良いかもしれない。大好きな人のことを語り合う仲間がいるというのは、どんなに幸福であることだろう。そういう世界に彼女たちは生きている。愛されるとは燃え尽きること、それに対して愛する人の炎は永続する、とはリルケの言葉だが、まさにそういう意味で、彼女たちの想いに、私は永遠の輝きを見る。だからこそ私は兄になるより妹になりたいとより強く願う。おやすみなさい。


2003/5/19 (月)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#19


 鬱という抽象的な代物をもうちょっとだけ分かりやすく言い換えるなら、私の場合については、「他人の視線が気になって仕方がない」ということなのだろうと思う。根拠と言えるような根拠も思いつかないのに世界中の人間から蔑まれているというような妄想に取り憑かれるとでもいうか。

 つまりそういう精神状態なので日記など書けるはずもなく。

 ***

 マジ恋スレ4 [2ch/半角二次元板]

 しばらく読んでなかったのだが、いつの間にか妙な粘着(?)に住み着かれてしまっていた模様。
 粘着氏の意見自体にはさしたる感銘は受けないのだが、それに対するSKZ氏の反論は実に素敵だ。

 W.A.モーツァルトです [2ch/キャラネタ板]

 なりきり職人さんの技が光る名スレ。
 読み手にも当時の音楽やその周辺状況についての知識が求められるが、分かる人ならかなり面白いと思う。


2003/5/18 (日)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#18


 唐突に浅間神社に行ってみたくなったのだが、ネタのために静岡まで行くのはさすがに寒いかもしれない。でも咲耶が祭られている(勘違い)となれば一度は行くのがお兄様の務めという気もするのだが。

 午後1時半起床。

 NHKの集金が来たのでとりあえず1300円払う。
 その後、奥多摩ダムでオフ会をやっているはずの土方さんの携帯に無意味なメールを飛ばしてみたり。

 スーパーで買い物。
 昼食はお総菜コーナーにあった若菜スパゲティー。別にカナ坊の味はしませんでしたが。

 頭がすっきりしているうちにメール書き。

 夕方、お米を研いで炊飯器にセットしてからゲーセンへ。

 大往生(白)を3回。2回連続2-1で死んで無駄に苛々。3回目は2-5後半までは行ったが2-2ボスでハメ殺され(※)、2-4レール砲ではハイパーを発動してすぐにボムを使わされた挙げ句その直後に再び追い詰められて死亡、2-4ボスでは一次形態で1ハイパー2ボム使わされた挙げ句に死亡…という最低最悪に近いプレイだった。唯一の救いは2-3後半コンボがきっちり最後まで繋がったことだが、これはやけくそプレイだった(嘘避けはしていないが)ので、仮にここまでノーミスで来ていた状態で同じことをやれと言われてもできない。特に終盤の安地はまだ成功条件がよく分かっていないし。

 (※)
 一次形態でハイパーとボムを使った後に開幕針弾が襲ってきた場合の生存率を求めよ。(50点)

 2-4レール砲台地帯についてはやはり編隊ザコの出現パターンを頭に叩き込まないとダメなのかもしれない。あと最近、2-5メカ蜂地帯のパターンが狂ってきている。こちらも再研究の必要あり。

 ***

 歌月十夜[Type-Moon]。

 時間は掛かったが、なんとかヒント(エキスパート)のみでエンディングまで到達。夢十夜の方は9個まで読了。このファンディスクについてはシリアスパートよりもギャグパートの方が面白かった。文化祭、体育祭、知得留先生編、などなど。あと、「遠野家のコン・ゲーム」は個々のギャグが面白いだけでなく、全体として琥珀さん補完シナリオになってるっぽいところが、非常に好み。

 残りのCGと夢十夜の一つは明日以降、攻略を見ながらまったりと埋めていくことに。

 あと肝心なことを。

 「タナトスの花」 最 高 !

 商業ベースのエロゲーすべてをひっくるめてもトップクラスにエロいテキストを描ける人の手になる姉妹丼ときたらそりゃあもう想像を絶するほどエロくなるのは理の当然というもので。 


2003/5/17 (土)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#17


 どっかからリンクされていることは分かるのだけど、リンク元は分からず。
 精神衛生上よろしくないタスケテ雪さん。

 根拠は、今月分のファイルからトップに飛んできている人が異常に多いこと。ところで、どっかからリンクされるとその月のファイルからトップへのアクセスが増えるものなのなのだけど、これって一見さんのおよその数を表していると推測することもできますよね。常連さんだったらわざわざトップに飛ばないだろうから。

 ***

 午後、数年ぶりに私立図書館へ。
 吉田秀和のセザンヌ論と突き合わせながら、画集(4冊あった)相手に二時間ほどにらめっこ。

 「デ・スール沼」の光の描かれ方なんかはさすがにド素人である私でもなんとなく美しいなあと思えるけど、基本的にはチンプンカンプン。まあそう簡単に分かるとは思っていないけど。今は経験値にプラス1か2ぐらいできればそれで十分。レベルアップはまだずっと先のこと。
 余談ながら、私は別にセザンヌに関心があって調べものをしている訳でないです。ただ、絵を鑑賞するためのメソッドを、表面的なものだけでもいいから知りたいと思っていて、そのための題材としてとりあえず吉田秀和やリルケが取り上げているセザンヌを選択しているというだけ。たぶん、年単位でやらないとダメなのだろうと思う。今はとにかく地道に数をこなすこと。クラシック音楽は、ある一曲を口ずさめるぐらいまで聴き込んでやっとその曲の美しさが見えてくる。例えるならそれは見知らぬ森の中を散歩するようなもの。最初のうちは歩くだけで精一杯。何回も同じ道を歩いて慣れてくると周囲の風景を楽しむ余裕も生まれてくる。おそらく絵も同じことだろう。まずは慣れなければお話にならない。

 ***

 歌月十夜[Type-Moon]。

 長いー。
 さて、目下最大の関心事は、秋葉の後輩のちうがくせい(名前ど忘れ)の個別シナリオ(18禁)があるかどうかということなのですが。
 ていうか姉妹丼ルートへのフラグが立たぬ。

 ***

 大往生(白)。

 4回プレイ(2-5、2-5、2-5、2-3)。
 それぞれ、オキモノ、メカ蜂地帯、終盤大型戦車x3手前、ボス、まで。

 そろそろ2-5残5もできても良さそうなのだけど、相変わらずあっちで繋がりこっちで死んで、あっちで死んではこっちで繋がりという感じで安定せず。というか今日はなんかレバーが全然手に馴染まなくて、時々自機が意に反した動きをすることがあってヒヤヒヤ。


2003/5/16 (金)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#16


 大往生(白)。

 1回目、2-3ボスで2ミス、2-4レール砲で1ミス、ボスで1ミスして終了。
 2回目、1周5.78億、2-2ボス詐欺パで1ミス、2-3ノーミス、2-4レールで1ミス、2-5メカ蜂で1ミス、旧3ボスで1ミスして終了、7.89億。

 ***

 3面中ボス後のザコラッシュは、正確には「ザコ出現前から画面左下に自機を押しつける(レバー入れっぱなし)」ことで成立するのですが、原理は今持って謎です。あの安地の存在を私が初めて知ったのは去年の9月頃でしたね確か。もず部屋の掲示板で情報が出ててプチ祭り状態だったのですが、その直後に出たアルカディアにちゃっかり載っててがっくしきた覚えが。

 ***

 さて、緋蜂・改(A-S)ムービーのキャプ&加工&圧縮が完了。
 (興味のある方は以下をコピペして Iria にでも放り込んでください)
 (拡張子で分かると思いますが璃樹無分割です、結合して約8MB)

http://www6.wind.ne.jp/sayurin/monooki/file_[000-008].jpg
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/monooki/緋蜂・改.crc
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/monooki/緋蜂・改.rez


2003/5/15 (木)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#15


 約5年のネット生活の中で、様々な祭りがあった。
 ちょっと前まで、俺は祭りの余韻をずっと引きずっていて、それはとてもとても苦しかった。

 そうしてある日、遂に俺は、過去の幾つかの関係をばっさり切り捨てる決断をした。
 そうして俺は心の平安をようやく見出すことができた。

 それが正しかったのかどうかは分からない、ただ他にどんな方法があったのかも分からない。

 ***

 結局、家族計画についての唯一の不満は、「巣立ち」が描かれなかった、ということなのだろうと思う。
 ただ、巣立ちが描かれなかったという批判が正しい(的を射ている)のかどうかにいまいち自信が持てない。

 で、この辺り。

 なんかすごくホッとする。

 私は要するに物語としての末莉シナリオの展開の仕方に納得がいかなくて、もっと美しいものがあり得たのではないかと想像してしまうのだけど、ただ、もし私が司の立場だったら、自分の子供に若葉・純・遥香などと名付けてミニ高屋敷家を作ろうとする末莉を止めようなどとは微塵も思わないだろうし、それどころか、そんな末莉を肯定し(きっと司がそうしたように)微笑ましく見つめることだろう。末莉を全肯定するというのは何も末莉萌えであるからとかいうだけの理由ではない。末莉が司(=自分)にどれだけのものを与えてくれたかを思えば、末莉の一番の理解者であることはもはや人生における最高の幸福であるに違いないのだから。

 ***

 大往生(白)。
 とりあえず緋蜂まで。

 現在白緋蜂との対戦成績は0勝5敗。  


2003/5/14 (水)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#14


 家族計画のことについてずっと考えている。
 が、わからない、わからない。

 自分の考えが誤っているとは思わない。
 しかし、その理由がどうしても説明できない。

 つまりあの、メールのお返事はもう少しだけ待って頂きたく(弱気)。

 ***

 大往生デスレーベル(PS2版)。

 717,674,790 pts.

 4面終了時5.56億、ジェットで1ミス、緋蜂発狂で1ミス、で残2ボム1クリア。
 理論上は道中であと3000万(3面+1、4面+2)取れるはずだが安定度が著しく下がるので現状ではこれで十分。仮に繋がったとしても緋蜂・改で残2などもう二度とできないだろうし、さすがにこれ以上頑張る気は起きない。
 という訳でデスレーベルは私内部では終了。

 あと、このプレイはビデオに撮ってあるので後でキャプってアップします。
 以前のやつと差し替えで。
 (圧縮が面倒なので週末までは無理でしょうが)


2003/5/13 (火)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#13


 緋蜂・改ノーミス撃破(A-S)が達成されたようですが………。

 ………ショックで立ち直れません。
 ムービーだと画質が悪くて分かりづらいけど、たぶん53000万+1000万(緋蜂)+21000万(残機・@7000万x3)で7.5億というところだろう。

 今のところ、4面終了時5.6億で残2クリアして7.1億、を目標にして頑張っていたのだけど、それでもまだ全然敵わない。
 ていうか無理だよー!(号泣)


2003/5/12 (月)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#12


 昨日と今日の分。

 水夏。
 某所でセーブデータを拾ってきて、さやか先輩の三回目のえっちシーンを確認。あとついでに久しぶりに透子さん絡みのえっちシーンも再読。今差ながらだが、このゲームのえっちシーンて麻薬的だ。透子さんのやつなんてホントに体が震えてしまう。

 大往生(白)。
 3回プレイ、3回とも2-5エンド(メカ蜂/前半ラッシュ後/ジェット蜂)。
 最後の1プレイは実はクレジットバグのタダプレイだったり。

 HUNTERxHUNTER[ジャンプ24号]
 他プレイヤーからカードを奪ってもクリアできない仕様になっているということか。なるほどよく考えられている。

 歌月十夜。
 今のノベルゲームにおける、プレイヤーによる物語の繰り返し、を永遠に続く夢という形でゲーム内に取り込んでいるということだろうか。パラレルワールドの存在を、ゲーム世界の住人は認識できない。ただ外部にいるプレイヤーだけが並列する可能性を見ることができる。まだ途中なので違ってるかもしれないけど。
 個別シナリオ(?)は秋葉とアルクのものを確認。
 おそらく基本シナリオで特定の条件を満たすと個別シナリオへの入り口が開かれるのだろう。

 ていうかトゥルーシナリオ(姉妹丼)はまだか。


2003/5/11 (日)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#11


 図書館に行こうと思っていたのだが、萌え画像(エロ含む)漁りをしていたら時間がなくなってしまった。

 ところで私は絵のことは鑑賞方面すらド素人なので間違っているかもしれないが、毎日画像漁りをして色々なCGを見ていると、どうも絵の上手さというのは必ずしも技術の問題だけですべての説明がつくようなものではないのではないかしらという気がしてくる。可愛い絵と印象に残る絵は違うというか。

 アングラに属するものなのだろうからあまり話題に挙げない方が本当は良いのだろうけど、例えば某鈴蘭スレッドの[9レス目]に貼られた一枚。ここで描かれている鈴蘭は、すごく普通の女の子に見える。いや、突然こんな言い方をしたら読む方は訳が分からないだろう。つまり、水月の鈴蘭という子は、今まで私の目には女の子に見えなかったのである。説明は難しいのだが、あれはもう女の子であるというよりは大和鈴蘭という生き物、わはーと鳴き、透矢を見ると体によじ登るといった習性を持つ生き物であるように、感じていたのである。水月という作品のひとつの特長は日常とえっちシーンとの間に温度差がないという点にある訳だが、しかし少なくとも鈴蘭については例外で、日常の鈴蘭とえっちシーンの鈴蘭を同一のものとして考えるのはひどく難しい。こう言って分かってもらえるかどうか疑わしいが、私は鈴蘭のえっちシーンをエロゲ全体から考えても最強のもののひとつだと考えるけれども、しかしそれとは別に、日常のわはーと鳴く鈴蘭に欲情することは絶対に不可能だとも思っている。大和鈴蘭という子は、そうした性的なイメージとはどうしても結びつかない。鈴蘭の言動が私の胸に呼び起こす感情というのは、可愛い女の子を見る時のものであるよりは、例えばはしゃぎまわる子犬を眺める時のものに余程近いのである。ところが、先にちょっと挙げたCGで描かれた鈴蘭は私の知っている鈴蘭とはあまりにも違っている。描き手がそこまで考えていたのかどうかは分からないが、この鈴蘭はどこからどう見ても女の子にしか見えない。一体、鈴蘭という子があのような、羞恥と戸惑いと驚きをないまぜにしたような表情を見せることがあるなどと、誰に想像できたろうか。あの我々が見慣れている天真爛漫な笑顔はここにはまったくない。それにも関わらず、この鈴蘭はなんと魅力に富んでいることか。水月本編(みずかべ含む)での鈴蘭は、こちらが何をしても好意的に受け取ってくれ、およそ傷つくことなど知らないように見え、それが我々に何とも言えない安心感をもたらしてくれていたのだったが、このCGの鈴蘭は、もっとずっと――こう言って良ければ――人間的な存在に見える。時には傷つくこともありそうな女の子として描かれているからこそ、ああ大切に扱わなくちゃな、という気持ちになる。誤解ではないかどうか、私はまったく自信がないのだが、これは作者が鈴蘭というキャラクターを、大抵の人がやるように単なる天真爛漫な子犬的存在として捉えず、きちんと一人の少女として見ていたことの証左ではないだろうか。

 こういう例は他にも幾つかある。
 例えば亞里亞スレッドの[64レス目]もそのひとつで、ここに描かれているやや成長した感じ(14歳ぐらいだろうか?)の亞里亞は、もう今にも喋りだしそうな生々しい存在感を持って、私に語り掛ける。妄想力を刺激される絵とは違う。そうではなくて、これはじっと見ていると亞里亞の声が今にも聞こえてきそうな絵、なのである。この絵は、少なくとも技術の問題について言えば、誰もが上手いと感じるような凄みはまったくない。髪の毛の描かれ方などを見ても、まだ絵にあまり慣れていないのではと思わせるようなたどたどしさを感じるし、色の塗り方もきらびやかさが欠けている。それにも関わらず、この絵はそんな技術的なものをまったく問題にしない、ある種の上手さがあると思うのである。ここに描かれている亞里亞の微笑みの柔和さ。髪の毛と同系統の青のゆったりとした上着に黒のロングスカートというシックな色合いが醸し出す落ち着き。座り方や手の仕草にまったく力みがなくそれゆえに生まれてくる上品さ。そして亞里亞の後ろに幾つか置かれているカラフルなクッションが服の色と鮮やかな対照を作り出し、全体として年頃の少女としての亞里亞を見事に演出してみせている。この絵が私の目を奪わずにおかないのは、その表情があまりに素敵だということの他に、この絵に描かれた亞里亞が、我々のよく知っている幼い少女としての亞里亞のイメージを少しも損なっていないということによる。この絵の亞里亞は成長してある程度の思慮を身につけているように見えるが、それによって我々が馴染んでいる幼い亞里亞の可愛らしさも少しも失われてはいない。これはまさしく成長した亞里亞であってそれ以外の何者でもない。それが私を安心させ、この絵に萌えさせるのである。


2003/5/10 (土)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#10


 今朝受け取ったとあるメールの中に「ベビードール」なる未知の単語が出てきたので色々調べていたのだが、どうしてどうして、女性下着の世界というのもなかなかに奥の深いものらしい。まったく未知のジャンルだったゆえに知的好奇心が刺激されまくりで調べていて実に楽しかった。

 一応この辺りを押さえておけば基本はおーけーなのではないかと。
 こんな知識が人生において何の役に立つのか分からないけど(苦笑)。

 結局、ネグリジェ(丈が長いナイトウェア)、ベビードール(丈が短めなナイトウェア)、スリップ(丈の長いランジェリー)キャミ(丈の短いランジェリー)ということで良いのかな。外見上の違いよりも役割の違いということのような気がする。

 で、肝心の裕佳梨たんが着ているアレはなんなのかという話。あのゲームは連鎖毎に服を一枚ずつ脱いでいくのだから、普通に考えれば当然ランジェリー(スリップ)ということになるのだろう。しかしあのCGを単体で見た場合、あの…お父様? 眠れないので…その…一緒に寝てくださいませんか? と言っているようにしか見えない(病院に逝け>俺)のと、デザインがどちらかというとベビードールに近い気がするのでどちらとも言い難い。


 普通の日記。

 午後3時すぎまでお仕事。
 その後帰宅して大往生のパターン研究などしつつそのまま昼寝。

 夜、ゲーセンに行って大往生(白)を1回。
 2-5オキモノまで。7億ぐらい。

 到達点としては悪くないが2-4道中で1ミス、2-5道中で2ミスしているので内容的にはかなりダメ。さすがに4日のブランクを開けてしまったせいか、レバーがいまいち手に馴染まなくて自機の挙動が時々怪しかった。2-4八爪の針弾に体当たりしたりとか2-5開幕の青弾の隙間がスムーズにくぐれなかったりとか。今のアーケードゲームは体で覚えてナンボだというのに、4日もブランクを開けるなど、シューティングを舐めてるとしか言いようがない。

 ここ一ヶ月ぐらいはゲーセンで実践してミスポイントを部屋のPS2版で復習、ということを繰り返しているのだが、こういうのは、なんというか実に楽しい。幾つかの課題を設定してひとつの面(例えば2-5とか)だけを1〜2時間集中的に練習するというのは、もうゲームで遊んでいるというよりも、ツェルニー練習曲のひとつのフレーズを1時間とか掛けて丁寧に繰り返しさらうような感覚に近い。努力の快感というか、遊びではあっても真面目な遊びの快感、集中の快感とでも言ったもの。


2003/5/9 (金)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#09


 昼間。

 世界なんか滅びちまえと思った。

 今は理性による抑制が効いているので思ってませんが。

 ***

 昨日はうっかり忘れてしまったのだけど、要するに高屋敷家の面々との交流は高屋敷家という形式がなくてもできるだろう?と言いたいのです。

 ***

 最近はタナトスの花 RePure というサイトが面白くてちょっとずつ過去ログを読み進めていたり。

 ここのインフォを読んでみたら歌月十夜に姉妹丼があるとの情報が。
 翡翠琥珀姉妹丼CGの存在だけは前から知っていて、なんとなく絵柄がオフィシャルっぽかったので気になっていたのだが、ようやく謎が解けた。

 遂に歌月十夜を開封する時が来たようです。

 ***

 リュージ×トラ 小説で検索してきた方、期待に添えなくてごめんなさい(そんなワードで引っ掛かるなんて知らなかった)。
 ていうか私はあの漫画のカップリングでは「平×虎」一押しなのです。ていうか虎ちゃん総受け。これは絶対譲れません。…あれ?

 真面目な話、タカオカとへーちゃんを恋仲にしてくれたらやまざき貴子先生を神と崇めてもよいです。
 ありえないだろうけど。

 ***

 ぐわんげ攻略ビデオを鑑賞。

 後半になると反射神経を試されるゲームのように思えるのは私がこのゲームをよく知らないからかしら。余談ながら、シューティングは一般的に反射神経が問われるゲームだと思われているようですが、これははっきり言って誤解です。ほとんどのシューティングは弾幕に対する対処方法を確立しさえすれば反射神経など人並みでも十分に避けられるのです。結局やり込みが一番重要。その上でいうなら、おそらく一番大切なのは集中力ではないでしょうか。対処方法を確立してもそれを正確に実行するためには集中力が要りますから。

 それにつけてもユセミSWY氏はなんであの弾幕の中で瞬時に「道を見極めて」「正確に自機の合わせができる」のだろう。
 ラスボス付近の弾避け全般がすごいが、特に驚くのは赤ん坊の上に僧侶が乗っかっている辺りの避け。弾が自機を掠めようが当たらないのであれば敢えて動く必要はない、という弾避けの基本にして最も難しいセオリーを完璧に実行できている(ように見える)。

 更に余談ながら、大往生の2-5黄流(通称:オキモノ)の最初の攻撃は、まさにこの、弾道を見極めるスキルを要求されるタイプの弾幕です。あの攻撃は弾の数自体は少ないのに、実際に戦ってみると凄まじいプレッシャーを受けるのですが、それは針弾の軌道を見極めるのが大変に難しいのと、針弾がかなり長いために自機の動きを大幅に制限されるという理由によります。青弾と針弾を見て避ける、のではなく、青弾と針弾の軌道を「予測して」「弾がこない場所に自機を移動させる」のがあの攻撃に対処するコツです。分かっていても毎回上手く行くものではないのですが。この難易度調整は絶妙だと思う。

 ***

 水夏二章読了。

 攻略通りに進めたはずなのに、先輩の三回目のえっちシーンは見られず。
 もしかして一章でのフラグが生きてくるのかしらん。

 えっちシーンを見るためだけにそこまでの手間は掛けられないので後でセーブデータを拾ってこようと思う。


2003/5/8 (木)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#08


 お祭りは終わってしまった。
 でも君だけは僕の傍にいてくれる。

 ***

 家族計画についての覚え書き(断片)。

 末莉がエンディング後にも高屋敷家という虚構にずっと拘り続けるのはなぜなのだろう?
 いや、理由が知りたいのではない。
 ただ、末莉の拘りに、私はずっと違和感を抱き続けてきた。
 家族計画というのは本来はもっときちんとした形で終わるべきものだったのではないだろうか?
 作中では、家族計画は終わるのではなく崩壊する。メンバー各自は家族計画の終わりを受け入れるのではない。誰の意思にもおそらくは反して崩壊してしまった現実というものを選択の余地なく受け入れざるを得なかった、というだけだ。
 だから、末莉が高屋敷家の再興を強く願い、あまつさえ司との家庭をすらかつての高屋敷家をなぞるように形作るのは、彼女自身が高屋敷家の崩壊というものを受け入れることができなかった、言い換えればどうしても気持ちの整理を付けられなかったからだと推測することができる。
 しかし私にはこれがどうにも受け容れがたい。
 あの物語のもっとも美しく理想的な終わり方は、各自が家族計画からきちんと決別してそれぞれの人生を歩む、というものであるべきではないだろうか?
 本来、疑似家族としての高屋敷家というのは、各自がそれぞれの生活を確立できるようになるまでの仮の居場所だったはずだし、メンバー各自も成立段階においてそのことを確認していたはずだ。
 もちろんひとつ屋根の下で暮らしていれば情が生まれてくるのはごく自然なことだろう。しかし高屋敷家のあの家族は、家族であることそれ自体を目的とした家族というよりも、むしろ巣立ちを前提とした家族だったはずだ。家族というものはいつでも帰れる場所であると同時に、いつかは巣立たねばならない場所でもあるのだ。ちょうど、家族の中で成長した子供もいつかは家族を離れて別の誰かと新しい家族を作っていくように。
 家族計画における高屋敷家は、本来はそういうものだったのではないだろうか?
 末莉シナリオで、末莉は高屋敷家を離れて司と新しい家族を作る。そこまでは良い。
 しかしなぜエンディングに至ってなお疑似家族としての高屋敷家が生きているのだろうか?
 今更そこに戻ることにいかなる理由があるというのだろう?
 どのような理由にしてもそれは結局感傷でしかないのではないだろうか?
 かつての高屋敷家の日々というのは、例えば通過儀礼だと見ることもできるだろうし、あるいはひとつの祭りだったと見ることもできる。しかし儀礼は通過されなくてはならないのだし、祭りはいずれ必ず終わる。祭りは日常とは対立するものだ。人が生きるのは日常なのであって、祭りの中ではない。ある時期に祭りの中に生きるということはあるにしても、それは必ず終わりが来る。web世界における賞味期限の終わりはまさしく祭りの終わりに等しい。
 私は最近思うのだが、祭りを日常であるかのように錯覚するのはある意味では危険だ。祭りという非日常はその独特の空気によって容易に他人同士を近づける。しかしその関係がどれほどの深さに到達するかはまた別の問題だ。祭りはいずれ終わる。例えば夏祭りの終わった翌日の神社の境内はいつも以上に静まりかえっているように感じられる。祭りの喧噪が生々しく肌に残っているうちは、そのあまりの静けさに戸惑い、いつもならなんとも思わない神社の境内に妙な寂しさを覚えたりする。そんな時に自分の隣に誰かがいてくれるというのはなんと心強いことだろう。本当に大切な人とは、お祭りが終わった後でもなお傍にいてくれる人のことだ。
 家族計画は崩壊する。崩壊した後、独りの人間にとってはあまりに広すぎる青い空の下で、しかし末莉の許には司が残る。司の許には末莉が残る。そうして彼らは新しい日常を生きていく。そこまでで終わればこの物語は完璧だったと思う。
 ところが末莉はどうしてもかつての祭りを忘れられない。そこが末莉にとって思い出深い場所であることは分かる。しかし司との間に作られるはずの新しい家族においてまでわざわざ思い出の空間を再構築しようとするのはさすがにやりすぎではなかったろうか。どうして思い出を思い出のままにしておかないのだろうか。
 繰り返すが、疑似家族高屋敷家は、例えば「いつまでもみんなで幸せに暮らしました」という風に終わらせることのできるような存在ではなかったはずだ。そこはあくまでも傷つき疲れた羽を休め、新しい場所に向かって飛び立つ力を蓄えるための場所だったはずだ。ここにはどうも不整合があるような気がしてならない。末莉に家族計画の終わりをきちんと受け容れさせ、それに囚われすぎずに新しい家族を作る――というような、もっと綺麗な終幕もあり得たのではないだろうか?
 家族計画での高屋敷家を大切に思うことと、高屋敷家を物理的に維持することとは等号では結ばれない。感傷の問題としてならいざ知らず、高屋敷家の終焉を受け容れても、それによって高屋敷家での日々の記憶や高屋敷家の面々への想いが否定される訳ではないのである。ちょうど、みちるとの別れを受け容れることで美凪のみちるへの想いがほんの僅かでも減じることがないのと同じように。
 この物語で私が唯一不満なのは、高屋敷家という存在がきちんと終焉を迎えなかったことだ。もちろん私だって、高屋敷家のあの賑やかな日々がずっと続けばよいのにと思う部分もある。しかしそれは結局感傷の次元の問題でしかない。観鈴との日々は7月だけをずっとぐるぐるしていて欲しい、と望むようなものだ。それはそれとして切実ではあるが、しかしその望みはあまりに現実から乖離し過ぎている。高屋敷家が終わっても、観鈴がゴールしてしまっても、それでも我々は自分の生活を生きねばならないのだ。そして言うまでもなく、自分の生活を生きることと、思い出を愛おしむこととは矛盾しない。


2003/5/7 (水)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#07


 さやか先輩といちゃいちゃごろごろしたいなーと思って久しぶりに水夏を起動。
 起動した後で、先輩に悪戯されるえっちシーン(?)をまだ見ていなかったことを思い出したので、せっかくだからこの機会に見てみましょうということで攻略サイトへ。

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 実は私は、トゥルーである“夏祭りEND”を見ていなかったという事実が発覚。
 (さっき知ったのだが、去年見たのは“学生服の少女END”だったらしい)

 当然隠しシナリオ(?)にも入れず。

 またあのクソ長い四章をやり直さなきゃならないのかとげんなりしたが、試しにセーブデータを調べてみたらちょうど分岐点選択肢でセーブしてあった。
 我ながらなかなかの勘。

 私としては水夏はさやか先輩と透子さんと透子さんと透子さんさえいれば他にはなにもいらない訳で四章の再プレイにはあまり気乗りではないのだが、トゥルーエンドを見ていないというのはどうにも居心地が悪いのでそのうちやってみようと思う。

 差し当たりは忙しい(さやか先輩といちゃいちゃするのが最優先事項なので)のでまあやるとしても週末だろうけど。

 それでは私はこれからさやか先輩に会いに行くのでこれで。


 色々ぐるぐるしていたら、うちのとらハ100問に解答してくださっている方が新たに見つかったのでチェキ。



 まちばりあかね☆さん

 知佳について「彼女にしたいとは思わないけど、妹にはしたい」とコメントしているところが興味深い。
 なるほどこれはすごく分かる気がする。

 GAMMA-RAYさん

 Q.63 とらハシリーズ通して、恋人としてベストカップルと思うのは誰と誰ですか?
 ――僕と知佳ぼー。僕と小鳥。

 ………右ストレートを喰らった気分(笑)。

 柊和真さん

 Q.61萌ええっちシーンへの解答が漢らしくて素敵。
 全般的に笑える解答が多くて読んでて楽しかったです。
 あと、「久遠について一言」がないのは久遠はサブキャラだから…と言いたいのですがでも今になって考えてみると桃子さんがあって久遠がないのは確かに変といえば変かも。

 WATARUさん

 Q.41 美由希について一言
 ――部屋で、二人で黙って本を読む。そういう時間が、なんかいいかも。

 考えたことはなかったけど、言われてみると恭也と美由希の時間の過ごし方としては非常にイメージしやすいです。
 つまりしっくり来る、ということ。

 SOYさん

 Q.36 3で一番好きなエピソードは何ですか?
 ――フィアッセのラスト
 自己犠牲では無く、自分と愛した人が助からなければ意味はない

 守りたいものは好きな人の笑顔。好きな人を信じるということは、好きな人の自分への好意をもそのままに受け入れるということ。だから自分も相手も共に助からなければ意味がない。自己犠牲の否定はまさに都築氏ならではですよね。


2003/5/6 (火)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#06


 家族計画[D.O]。

 青葉シナリオ読了(実は昨日の夜なのだが)。

 以前にも書いたけど、青葉シナリオはとらハ3のレンシナリオと非常によく似ている。

 出ていったらこの家の敷居は二度とまたがせない、あなたが出ていったらわたしの中から他者への親愛の情は一切消えてなくなる。(高屋敷青葉)

 アンタの自分勝手さは反吐が出るほど嫌いや、アンタをぶちのめしてこの家から出ていってもらう。(鳳蓮飛)

 うろ覚えだが、大意では合っているはず。

 私が青葉やレンを眩しく思うのは、彼女たちが、もう一歩も後には引けない崖っぷちギリギリのところでそれでもプライドを全力で固持し、わたしはわたし以外の者になどなるつもりはないのだと全身で主張するからだ。
 そして私が青葉やレンを羨ましく思うのは、彼女たちが、沢村司に城島晶という、全力の拳を受け止める相手を得たからだ。

 もしレンの本気の前で晶が一瞬でも怯んだら、それ以後、手術の正否に関わらず、以前レンと晶との間にあった友誼は永遠に失われてしまうことだろう。
 もし、司が土壇場で青葉から離れるようなことがあれば、司と青葉は、それ以後、他人よりももっと断絶した永遠の他人とでもいうべき関係(それを関係と呼べればだが)になることだろう。

 それから、この青葉シナリオが私を痺れさすのは、ひとつには司の覚悟のありように因る。
 司は自分の青葉に対する気持ちを確認するに至る時、好きだの愛してるだの傍にいて欲しいだの必要だだのということは考えない。あの時に司が考えたことはただひとつ、青葉との間になら子を成しても良い、ということだった。あの沢村司が、少しの躊躇いも持たずに青葉の人生に責任を持つことを決意できるほどに変わったという事実は、もう圧倒的に、私を揺さぶらずにはおかない。

 ***

 最近、萌え分が不足気味な気がするが、さりとて単なる萌えゲーに手を出す気にはなれない。
 シスプリ2のヒロインたちは可愛いけれどもそれだけだ。

 その中で、ただ鞠絵だけが他のどの妹にもできない魅力を放つ。

 例えば、絵を描いている時の鞠絵がとっても真剣な眼差しをしている、ことを主人公が見出すくだり。
 キャラが単なる萌えキャラであることを超えて人間味を帯びるのはこういう瞬間だったりするのだ。

 ***

 ちょっと思い出した。

 わかつきめぐみスレ[2ch少女漫画板]から飛んでこちら。

 先日秋葉原に行った時、新宿書店近くの路上にこのゲームの看板があって思わず足が止まったのだけど、やはりわかつきめぐみファンとしては気になるよなあ。関係ないけど、この看板の近くにはなぜか少佐@ヘルシングの看板もあったりして可笑しかった。


2003/5/5 (月)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#05


 今日は一日中眠かった。
 というか今も眠い。

 念の為に言っておきますが、別に前の晩、「ぷるぷるまじっく」を久しぶりに起動したら白井裕佳梨たん萌え病が再発して昔キャプったCGを探してみるもHDDのどこにもなくて仕方なく改めてキャプって写真屋で加工してゴミ無しの立ち絵を作っていたからではありませんよ? あまつさえ裕佳梨たんのスリップ姿CG(4連鎖時のやつ(※))を見て脳内で勝ってに「パパ…」などと呼ばせて悶えたり、裕佳梨たんの下着姿CG(5連鎖時のやつ)を眺めて綺麗な肌だなあうっとり、なんてことはしてませんよ?

 (※)
 気になったので検索で調べてみたのですが、この辺りによれば、「キャミソールは上半身だけ」で「スリップはワンピース状」なのだそうです。

 いやそもそも誤解のないように申し上げておきますが、ちょっと空き時間にうたた寝をしたら春花@家族計画が夢に出てきてしかも彼女といちゃついたあげく18禁な展開になったなんて事実はまったくありませんので。

 ***

 エロゲによくありそうな、やたらくさいセリフ [2ch葱板より]

 1-23が前振り、24-30が本編。

 2ちゃんねるにはたまに素晴らしい勢いで才能の無駄遣いをする人材が現れるという好例。
 面白すぎ。


2003/5/4 (日)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#04


 大往生(白)。

 昨日4回(2-4、2-1,2-2,2-5)。
 今日2回(2-3、2-5)。

 昨日の4回目は2-2で1ミスした後、2-3、2-4 をノーミス突破。緋蜂まで。
 今日の2回目は点数だけ自己ベスト。7.53億。

 2-4 八爪ラッシュについては安定とまでは行かないがコツは分かってきた。
 最後の2機のうち、右側はショットで“左に逃げながら”倒す、のが超重要。

 ***

 アリカにてPS版大往生デスレーベルムービー公開中。

 A-EXで1〜4面ノーミスノーボムで残4クリア。
 点数は隠されているが、ふっちぃさんのコメントによれば19億弱ぐらい出ているらしい。

 凄いのだけど、ただ観ていてなんか歯痒いというか悔しいというか、微妙な気持ち。ゲーセンに近い環境ならあそこまでとは行かなくても今よりもずっとマシなプレイもできるのになあと思っているプレイヤーは私以外にもおそらく全国にはたくさんいるはずだ。

 ***

 DJのカラクリ。

 楽しそうだなあもう(笑)。
 ところで柚鈴と末莉と鈴蘭となのは(名雪がいないのかというツッコミは胸にしまっておきます)が一緒にいたとしてもなんか喧嘩とか全然起きないような気がするのですが。柚鈴がたまに拗ねちゃうぐらいはあるかもしれないけど、基本的にはみんな仲良く和気あいあいとやっていけそうな。

 ***

 とらハ好きへの100質問、早瀬さんの解答を捕捉。

 「おはよう、朝ご飯もうすぐで出来ますからね」とか言ってみたいじゃないか(笑

 この辺りが生々しくて◎。あと、とらハキャラ相手に何か贈る場合、アクセサリーとか花束よりもエプロンとかお揃いのマグカップなんかの実用的なものの方が喜ばれそうな気がしますね。まあゆうひ辺りはアクセサリーでも良いかもしれないけど、でも個人的には、ゆうひでさえも、プレゼントよりも“おごりで一緒に飯を食べに行く”ぐらいの方がしっくり来そう。

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 …仮にもとらハファンサイトを自称しているにも関わらず未だに「猫たちの午後」をプレイしていないというのは如何なものか?>俺


2003/5/2 (金)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#02


 さすがに連日ゲームばっかりやっているのも不健康な気がしたので、今日はお散歩の日。

 六義園とか旧古河庭園とか。

 両者はいずれもJR駒込駅のすぐそば。
 特に六義園(りくぎえん)は都心とは思えないほど静かで、落ち着いた雰囲気が味わえます。入場料も安いので、休みの日に本とサンドイッチでも持って終日まったりと過ごすのに向いているかも。
 古河庭園は洋館が素敵。普通にメイドさんが出てきても全然違和感なさそう。


 のんびりと散歩した後はいつも通り秋葉原を色々と物色。

 買い物は同人誌を17冊ほど。

 HEYで大往生(白)を1回。1周5.38億出るもなぜか2-1ボスで終了。
 一旦離れてドトールで休憩した後、トライタワーで大往生(黒)を1回。1周目3ボスで1ミス、残4クリアの5億ちょい。2周目2面道中でコンボが切れてちょっと苛つくが我慢して続行。3面中ボスでハイパーを使わされてかつ1ミス。4面道中は怒顎まで普通に繋いでレール砲台も5ハイパーの火力で押し切る。2-4終了時残4ボム1。2-5道中はラストの大型機ラッシュの途中でボムをケチって1ミス。オキモノ到達時残3ボム2+泳ぎボム1。オキモノをボム3発で辛うじて葬る。ジェット蜂のどっか(忘れた)で1ミス。
 緋蜂。「お兄ちゃま〜いっくよ〜♪」の時点で残2ボム1ハイパーゲージ100%ちょい。開幕針弾を引き付けてボム、ハイパーを回収&発動して残りの攻撃もスルー。2番目の超音速青弾は気合い避け。成功。3番目の赤青ポップコーン弾も気合い避け。成功。2ループ目針弾をちょっとだけ避けて発狂へ。洗濯機を体感で5〜6秒ぐらい避けて死亡。ボムを2発撃って降ってきたハイパーを回収&発動。そのまま避け続け、気がつけば緋蜂陥落。残1クリア。

 緋蜂を1ミスで撃墜。
 ここまで完璧に嘘避けが決まった(※)ことはかつてありません。そして二度とないでしょう(笑)。

 (※)
 ただし一応プライドに掛けて言っておけば発狂前まではある程度は狙って避けてます。いつもはここまでは上手くいかないけど。発狂洗濯機はどうにもならない。あれはもう弾筋がほとんど見えないので。一応、こうすれば死ににくい、という手法はあることはあるのだが、それでも確率がわずかに上がる程度。


 例によって記念写真。


 買ってきた同人誌について簡単にコメント。

 ・重陽の宴 [ミスティックコード/月姫/翡翠琥珀/18禁]
 ――シリアス系のエロでありながら読み手が置いてきぼりにされないのが素晴らしい。3Pに至る展開はご都合主義だと言う人もあるかもしれないが、翡翠さんや琥珀さんの心情描写が上手いので私としてはそれほど違和感は覚えなかった。それから特にこの本で興味を引かれるのは、琥珀さんの恢復という重くなりがちなモチーフを使っているのにも関わらずエロ描写が娯楽の範疇に収まっているということ(まほさろさんではないが、私もシリアスすぎるえっちシーンは好きではない)。しかも娯楽の範疇にありながらも、翡翠さん琥珀さんの互いを想う気持ちは依然として説得力を失わないのである。力の抜き具合が非常に上手いということなのだろう。

 ・雪月花〜月詠ミ〜 [KNIGHTS/水月/那波さん(ななみん)/18禁]
 ――透矢と那波さん(みずかべVer.)のらぶらぶもの。全体的にまとめ方が上手くこなれている印象だが、それよりなによりこの本はえっちシーンが面白い。特に那波さんが透矢の先っぽを唇で銜える辺りの一連の描写はエロすぎて、しかも同時に転げ回りたくなるほど甘い。

 ・有馬神社の恋歌集 [ぷりん横町/月陽炎/鈴香ねえたま/18禁]
 ――これ描いた人は俺的に神に認定。ひとつひとつの仕草がもうあああああああちび姉たまごろごろごろごろごろ(略。
 お薦め。ていうか買え。

 ・みすずちんパニック! 2nd/3rd/4th [星狩座/AIR/観鈴中心オールキャラ/一般ギャグ]
 ――以前とらのあなで3巻だけ見つけて、密かに続きを読みたいと思っていたのだが、今回偶然にもメロンブックスで全巻発見。AIRの4コマ壊れ系ギャグ。お腹が痛くなるほど笑いました。ああいうノリは大好き。お薦め。フリートークとか見ると結構前からweb連載していたもののようで、実は結構有名だったりするのかしら?


 帰りに太田COOMに寄ったら偶然にもARC君とIND君に会ったので部屋にお招きしてビデオ鑑賞会。斑鳩とか大往生とか。斑鳩のザコ分裂は素人目には簡単そうに見えるのだが、実際にはとてつもなく難しいらしい。やはり実際にやっている人は深い部分まで分かるようで、斑鳩DVDよりも、ARC君のツッコミを聞いている方が面白かったり。しばらくだらだらと過ごして午前2時ごろ解散。



 今になって思い出してみると密度の高い一日だった。 


2003/5/1 (木)
http://www6.wind.ne.jp/sayurin/diary-2003-05.htm#01


 こじまにさんへ。
 
 リーフオフィシャルBBSで男キャラ萌え談義をしていたのも今となっては懐かしい思い出です。
 ともあれ、お疲れさまでした。


 ルパン122へ。

 Retry:99 ですか?(しのぶ)
 いえ、今日は 50 ぐらいです。(IND君)

 IND君と会って以上のような挨拶を交わした後、4時間ほどだらだらとゲームをやったりダベったり。プロギアとか式神IIとか黒往生とか。リベットたんは好感度MAX時よりもそのひとつ前の表情の方が萌えると思うのだがどうか?(知るか)。
 黒往生は1回目2周目で理不尽死が多発して2-4ボスで一旦捨ててコンチ。仕切直して(?)2-5残4スタート、道中は安定してノーミスで抜けるがボス群にボコボコにされて緋蜂でやる気がなくなり捨てゲー。2回目はオキモノ前残4にも関わらず嘘避け神のおかげでクリア。緋蜂発狂を残2ボム0から凌ぎきったが、はっきり言ってありえない。

 夕方すぎから太田COOMへ。
 知っている人は誰もいなかったので、ボーダーダウンとケツイを1回ずつやってすぐ帰宅。

 遅まきながら、斑鳩DVDを鑑賞。
 HARD のラスボス手前の吸収点稼ぎはもう凄すぎて笑うしか。全体としては、私は斑鳩については3面道中で全滅するヘタレなので、残念ながら具体的な凄さとかは分からないのだが、ただ、吸収点稼ぎに恐ろしく貪欲なのと、人間にここまで精密な操作ができるのかと目を疑うようなパターンの完成度が印象的だった。おそらくARC君が観たら絶叫するんじゃなかろうか。ちょっと前に私が大往生DVDを観た時、2-2ボス戦で思わず「嘘ッ!?」と画面に向かって小声で叫んでしまったように。最近は私がCOOMに行かなくなってしまったのでARC君には会っていないのだが、一度DVDを観つつ彼にリアルタイムで解説とかしてもらいたいものだ。

 実は今日は明け方まで自宅で大往生のパターン研究をしていたので猛烈に眠いです。
 睡眠時間3時間ぐらい。

 というわけでおやすみなさい。


文責 しのぶ sersui@bay.wind.ne.jp



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